RYO SATO | 佐藤良

ryo_sato@hotmail.comryo_s_09


Profile
1988年、埼玉県出身。
青山スタジオの撮影アシスタントを経て渡仏。帰国後カメラマンとして独立し、主にスポーツ撮影や雑誌、Web媒体で活動。
近年はスポーツを通してアスリート達のポートレート撮影、ドキュメンタリー撮影にも力を入れている。
2020年からさいたまブロンコスのオフィシャルカメラマンとして写真・映像を担当する。


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Portrait #1




埼玉高校サッカーの復権を担う男たち

「眠れる王国」の夜明けを巡る熱き攻防

埼玉県の高校は過去に13回、全国高校サッカー選手権大会を制している「サッカー王国」にもかかわらず、1981年度の武南高校を最後に、約半世紀ほど優勝から遠ざかっている。埼玉が全国で復権するための道しるべを、埼玉を代表する16校の指導者による熱き攻防から探る。

著書 河野 正
撮影 佐藤 良
出版 カンゼン

https://www.kanzen.jp/book/b10147047.html

1. 市立浦和 大野恭平
2. 浦和 本田哲也
3. 浦和東 平尾信之
4. 浦和南 野崎正治
5. 大宮南 田中龍太郎
6. 川口北 池田一義
7.  埼玉平成 浦田尚希
8. 正智深谷 小島時和
9. 昌平 芦田徹
10. 西武台 守屋保
11. 聖望学園 山本昌輝
12. 東京成徳大深谷 為谷洋介
13. 武南 内野慎一郎
14. 細田学園 上田健爾
15. 武蔵越生 西澤浩一
16. 立教新座 前田和伸


Portrait #2



Kurdish Neighbors



私が育った川口の外れの地域には、クルド人のコミュニティがある。
年々、彼らの姿を街で見かけることが増え、最初はどこか不安な気持ちもあった。

けれど、理由は自分でもよく分からないまま、いつの間にか「彼らのポートレートを撮ってみたい」と思うようになっていた。

ほんの少し勇気を出して声をかける。
あなたの写真を撮らせてくれないか、と。

驚かれたり、断られることの方が多い。
それでも、ときには気前よく撮影に応じてくれる人もいる。

写真を撮り終えたあと、なぜだか少しだけ気持ちが軽やかになっている。



Portrait #3

いつか

ポートレートを撮りたいと思った時、一番最初に思い浮かんだ人がいた。妻の叔父である。その叔父さんは写真が好きで、四コマ漫画を写真でやってみたら面白いんじゃないのか、と話してくれた。
叔父さんは重度の喘息を患ってるので、体調が良い時しか撮影はできなかった。本をたくさん持っていて図書館で借りたシラーの本とプログラミング入門の本が机に置いてあったのを覚えている。会話の中で僕が山に行くのが好きだと話したら、帰り際にいつか登山しに行こうと言ってくれた。まだその約束は果たせてないが、そのいつかを僕はこっそり信じている。




    daily (2019)



    パリは東京よりも陽の光が眩しい。
    私が住んでいたアパルトメントの小窓からはよく陽の光が差し込んでいた。それが心地よくて、よく昼寝をしていたのを覚えて。パリに住んでいたのは1年間だけだったが、あの頃の生活が夢みたいに曖昧に思える。


    video#1


    「私が決めたこの道で」
    This is my field, my decision

    撮影・編集 佐藤良


    障害者だからといって決めさせない。 出来ることではなく、やりたいことを自分で決める。 彼の想いを通し、社会の一つの在り方を提示する。

    加藤健人は18歳頃に遺伝性の視覚障害を持ちました。 思春期に患った受け入れ難い障害により、彼の世界は徐々に光を失っていきます。 しかし、後に出会うブラインドサッカーで彼の世界は変わっていきます。 視覚を必要としない音と感覚だけの世界。 暗闇の世界にいた彼が一歩踏み出したとき、そこにはボールの音と仲間の声で彩られた世界がありました。




    video#2


    さいたまブロンコス公式YouTube制作

    さいたまブロンコスの公式YouTubeチャンネル「ブロンコスの小屋」。 選手のプレー映像だけに限らず、普段あまり見ることのできない新クラブの開幕に向けた準備の様子、ゲストを迎えた対談企画など、2020年に新しく生まれ変わった「さいたまブロンコス」の様々なチャレンジをYouTubeを通して発信していきます。

    ディレクション・撮影・編集 佐藤良